「夢を持て」「もっと大きな目標を持とう」「それを人に語れば叶う」
こうしたメッセージに、心が前向きになることもあれば、どこかモヤモヤを感じることもある。
そんな時代に注目されている言葉が「ドリームハラスメント」です。
ドリームハラスメントとは、夢や目標を押しつけたり、語ることを強要したりすることで、相手にプレッシャーや苦痛を与える行為のこと。
一見、応援や励ましのように見える言葉が、時に人の心を傷つける──。
そんな矛盾を、私たちはスポーツの現場でも確かに目にしてきました。
スポーツメンタルコーチとして活動してきた立場から、今回は「夢を持つことの大切さ」と「夢の扱い方の難しさ」についてお伝えします。
夢を持つことは素晴らしい。けれど、それだけでは足りない
スポーツの世界では、「夢を持つこと」は長らく美徳とされてきました。
アスリートが「オリンピックに出たい」「プロになる」と語る姿は、周囲の人々を鼓舞し、自身のモチベーションにもつながります。
しかし、メンタルコーチングの現場で私たちが接してきたのは、夢を語ることでかえって追い詰められたり、苦しくなってしまう選手たちの存在です。
夢を「語る」ことが、自分を鼓舞するどころか、“追い込む刃”になってしまう──。
そんな場面が、今の時代には確かに増えてきています。
スポーツメンタルの視点:「夢」は人に語らない方がうまくいくこともある
少し意外かもしれませんが、私たちスポーツメンタルコーチの間では「夢は人に語らない方がいい」という考え方もあります。
なぜなら、夢を語った途端に、
- 周囲からの評価や期待が生まれる
- 「言ったからにはやらなければ」という義務感が生まれる
- 他人の反応で夢の内容や方向性が揺らぐ
という、心理的な負荷が一気に増してしまうからです。
ある意味、夢は「心の芯」のような存在。
それを外にさらすことで、逆にブレやすくなってしまうのです。
【ファクト】夢を語ると達成率が下がるという研究結果もある
この話には、実は心理学的な裏付けもあります。
ニューヨーク大学の心理学者ピーター・ゴルウィツァー氏による研究(2009)では、夢や目標を他人に話すと、あたかも達成したかのような満足感が生まれ、実際の行動量が減少するという結果が報告されています。
つまり、「夢を語ること=行動につながる」と思われがちですが、むしろ逆。
夢を語ることによって、“やった気になってしまう”リスクもあるのです。
私たちの講座に来られるアスリートや支援者の中にも、「夢を語ってプレッシャーになり、やる気を失ってしまった」という声は少なくありません。
語られなかった夢のほうが圧倒的に多いという現実
もう一つ見逃せないのが、「夢を語って叶わなかった人」の存在です。
SNSやテレビでは、夢を語って叶えた人のストーリーが数多く紹介されます。
「〇〇選手は、幼少期からオリンピックを目指していて…」
「小学生のころから“プロになる”と決めていたらしい」
──こうしたエピソードは美しく、希望に満ちています。
しかし、その裏にある「夢を語ったけれど、叶わなかった人」の存在には、ほとんど光が当たりません。
実際には、夢を語った99人が叶わず、1人だけが成功している──そんな世界が現実です。
それでも、語られた“1の成功”だけが目立ち、「語れば叶う」という幻想が広がってしまうのです。
スポーツメンタルコーチとして、私たちはこの“事実ベースの視点”をとても大切にしています。
夢は「語る」ものではなく、「整える」もの
それでは、夢は語らないほうがいいのでしょうか?
答えは、「状況と人を選ぶ」ということ。
夢は誰にでも見せる“プレゼン資料”ではありません。
むしろ、それは「自分との対話」でじっくりと磨いていくべきものです。
- なぜこの夢を持っているのか?
- その夢は、誰の期待ではなく、自分の本音か?
- その夢に向かって、今日どんな行動を起こすのか?
このように、“夢を整える”ことこそが、スポーツメンタルの基本姿勢です。
語ってしまうと揺らぐ夢。
語らずとも燃え続ける夢。
本当に大切なのは、語るかどうかではなく、その夢がどれだけ「自分の中に根付いているか」なのです。
スポーツメンタルコーチが伝えたいこと
夢を持つことは、間違いなく人生の推進力になります。
それを否定するつもりはまったくありません。むしろ、夢を持ってほしいとさえ思っています。
ただし、その夢をどう扱うか──そこに、これからの時代に必要なメンタルの知恵があるのです。
- 他人に無理に語らせない
- 語らせることで相手の心を支配しない
- 自分自身も「夢を語ること」によって満足しすぎない
こうしたバランス感覚が、「ドリームハラスメントのない世界」には不可欠です。
夢は“静かに燃やす”ものでもいい
もし、あなたが今、誰にも言えない夢を抱えているなら──
それはとても健全なことです。
その夢を、自分の中でじっくり育て、行動に変えていってください。
夢を語ることは選択肢のひとつ。
でも、語らずとも歩み続ける強さもまた、スポーツメンタルの重要な力なのです。
まとめ
- ドリームハラスメントとは「夢の押しつけ」による精神的圧迫
- 夢は人に語らず、自分の中で整える方がブレにくい
- ファクトベースの現実理解がメンタルの安定につながる
- 語る夢より、行動に移す夢の方が叶いやすい
- スポーツメンタルコーチは、「夢を叶えるメンタル」を静かに支える存在