MBTIを信じすぎると危険?心理学的に信頼されない理由とスポーツメンタルの正しい自己理解

目次

なぜ今、MBTIが流行しているのか

近年、「あなたはどのタイプ?」という問いかけをSNSやメディアで頻繁に目にするようになりました。
MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)という性格診断は、わずか数分の質問に答えるだけで「16タイプ」に分類されるという手軽さから、若い世代を中心に人気を集めています。
企業の採用活動やチームビルディング、恋愛や友人関係の相性診断など、あらゆる場面でMBTIが用いられています。

スポーツの世界でも、同様の傾向が見られます。
選手や指導者が「自分やチームメイトのタイプを知ることでコミュニケーションが取りやすくなる」といった目的で、MBTIを取り入れる例が増えています。
一見すると、自己理解やチーム理解の促進に役立ちそうに見えるこのツールですが、心理学的な立場から見るとMBTIには大きな落とし穴が存在します。

MBTIは確かに、1940年代にユング心理学をもとに開発されたものであり、歴史的には長く使われてきました。
しかし、現代の心理学やスポーツメンタルコーチングの視点から見ると、「信頼できる心理検査」とは言えないのが現実です。
むしろ、使い方を誤れば、アスリートやチームに「思い込み」や「レッテル貼り」を生み出す危険性すらあります。

心理検査は、本来「人の可能性を狭めるもの」ではなく、「成長を促すもの」であるべきです。
それにも関わらず、MBTIが「あなたはこのタイプだからこういう人」と決めつける方向で使われることが多いのは、スポーツメンタルの現場として非常に危険です。

私はスポーツメンタルコーチとして、これまで多くの選手をサポートしてきました。
その中で痛感するのは、「タイプ」よりも「状態(ステート)」を見ることの重要性です。
人の心は固定的ではなく、状況や環境、経験によって変化し続ける。
その変化こそが、アスリートの成長の本質です。

だからこそ今、あらためて考えたいのです。
「MBTIという人気ツールを、私たちはどのように扱うべきなのか?」
本稿では、心理学的な根拠と、スポーツメンタルコーチの現場感覚の両面から、その危険性と向き合っていきます。

MBTIとは何か:もともとの目的と構造

MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)は、1940年代にアメリカの心理学愛好家であったキャサリン・ブリッグスとその娘イザベル・マイヤーズによって開発された心理検査です。
彼女たちはスイスの心理学者カール・ユングの「心理的タイプ論」を参考にし、人間の性格を「16のタイプ」に分類する指標をつくりました。

MBTIの基本構造は次の4つの軸で成り立っています。

  • 外向(E)― 内向(I)
  • 感覚(S)― 直観(N)
  • 思考(T)― 感情(F)
  • 判断(J)― 知覚(P)

この4つの組み合わせによって、たとえば「ENTP」や「ISFJ」といった16タイプが生まれます。
テスト自体は質問に直感的に答えていくだけのシンプルなものですが、結果を見た人が「自分を理解できた気がする」と感じる点が、世界的な人気の理由です。

しかし、ここに落とし穴があります。
もともとMBTIは「科学的に人を診断するツール」として設計されたわけではありません。
開発者のマイヤーズとブリッグスは、心理学の学位を持っていたわけでもなく、「人は自分のタイプを理解することでより良く生きられる」という人文的な理想のもとにこのツールをつくりました。
つまり、MBTIは本来「性格の診断」ではなく、「自己理解のきっかけ」としての道具だったのです。

それを、近年では「あなたはこのタイプだからこう振る舞うべきだ」「このタイプだからあの人と合わない」というように、本来の意図を逸脱して決めつけの道具として使われるケースが増えています。

スポーツの現場では、こうした「ラベル付け」が選手の柔軟性を奪うことがあります。
たとえば、
「自分は内向的だからチームを引っ張れない」
「感情タイプだから論理的な話は苦手」
といった自己認識が固定されてしまうと、成長の幅が狭まります。

コーチングの目的は「タイプを当てること」ではなく、「タイプを超えて成長するきっかけをつくること」です。
MBTIを使うこと自体が悪いわけではありません。
しかし、「ツールをどう解釈するか」こそが、スポーツメンタルコーチとしての力量を問われる部分なのです。

心理学的にMBTIが信頼されていない理由

MBTIは世界的に有名な心理検査であり、今も多くの企業や教育現場で利用されています。
しかし、心理学の専門家の間では「科学的な信頼性が低い」とされ、臨床心理学や学術研究の世界ではほとんど使われていません。
その理由はいくつかあります。


1. 再現性が低い 同じ人でも結果が変わる

心理検査における「信頼性(reliability)」とは、同じ人が同じ条件で受けたときに、どの程度結果が一貫しているかを意味します。
信頼できる検査であれば、時間が経っても大きく変わらないはずです。

しかしMBTIは、わずか数週間〜数ヶ月後に再受検すると、半数以上の人が別のタイプになると報告されています。
これはつまり、「検査として安定していない」ということです。
人間の性格がそんな短期間で劇的に変わるわけではありません。
変わるのは、テストの精度や質問の曖昧さによるものなのです。


2. 二分法の問題 グラデーションを無視している

MBTIは4つの軸それぞれを「二択」で分類します。
「外向か、内向か」「思考か、感情か」このように、0か100かのように分けてしまう構造が大きな欠点です。

しかし、実際の人間の心理傾向は連続的なスペクトラムにあります。
たとえば「やや内向的だけど、人前では積極的に話せる人」や、「基本は論理的だけど、感情に左右されることもある人」など、グラデーションが存在します。
MBTIのように白黒をつける分類法は、この微妙なニュアンスを切り捨ててしまうのです。

心理学的により信頼されている「ビッグファイブ(Big Five)」理論では、外向性・協調性・誠実性・神経症傾向・開放性といった5因子を連続変数として扱います。
このため、個人の傾向をより正確に、また統計的に分析することが可能です。
対してMBTIは、あくまで印象ベースの分類にとどまっているのです。


3. 妥当性の欠如 科学的根拠が乏しい

心理検査におけるもう一つの重要な基準が「妥当性(validity)」です。
これは「検査が本当に測ろうとしているものを測れているか」という指標です。
たとえば「性格傾向を測る」と言うからには、他の科学的な人格検査(ビッグファイブなど)と相関があるはずですが、
MBTIの結果はそうした実証的データと一致しないことが多いとされています。

さらに、アメリカ心理学会(APA)やイギリス心理学会(BPS)などの公的機関でも、MBTIを正式な心理診断として推奨していません
特に臨床心理士や公認心理師がクライアントの人格傾向を理解する際、MBTIを使うことはほぼありません。
学問的には「娯楽的な自己理解ツール」という位置づけが近いのです。


4. 結果の自己成就的解釈

もう一つの心理的な問題は、MBTIの結果を「自分の本質」だと信じてしまう傾向です。
本来は傾向を知るだけのツールであるにもかかわらず、「自分はこのタイプだからこういう人間だ」と思い込んでしまう。
この自己成就予言(self-fulfilling prophecy)が、特にスポーツの現場ではパフォーマンスを制限するリスクになります。

たとえば、
「自分は感情タイプだからメンタルが弱い」
「内向型だからリーダーには向かない」
と信じてしまえば、その思い込みが行動を制約してしまう。
MBTIの最大の問題は、このように「人の成長可能性を止めてしまう心理的ラベル」を与えやすい点なのです。


スポーツメンタルの現場では、選手の「変化する心」を扱います。
それなのに、MBTIのように「固定的なタイプ」で人を判断することは、メンタルコーチングの理念に真っ向から反する行為でもあります。
心理学的な信頼性が低いだけでなく、成長を支援する現場では使い方を誤ると危険なのです。

スポーツメンタルコーチの現場でMBTIを使う危険性

スポーツの現場でMBTIを導入する動きは、ここ数年で確実に増えています。
「選手同士の相性を知るため」「指導スタイルを変えるため」など、目的自体は善意に満ちています。
しかし、スポーツメンタルコーチとして多くの選手を見てきた立場から言えば、MBTIを安易に導入することには明確な危険性があります。

心理学的に不安定なツールであるうえに、「タイプで人を理解した気になる」という構造が、アスリートの可能性を静かに奪っていくのです。


1. タイプ分けによるラベリング効果

MBTIの最大の問題は、「あなたは○○タイプだからこうだ」というラベル付けを生むことです。
たとえば、チーム内で「外向型リーダー」と「内向型選手」というような区別ができてしまうと、
知らず知らずのうちに「内向型は引っ張れない」「外向型は感情的」といった固定観念が生まれます。

心理学ではこれをラベリング効果と呼びます。
一度ラベルが貼られると、人はそのイメージに合わせて行動しようとし、他者もまたその視点でしか相手を見られなくなる。
コーチングの現場では、まさにこの思い込みが「選手の成長を止める見えない壁」になります。


2. 自己成就予言 タイプが可能性を縛る

MBTIを受けた選手が「自分は内向的タイプだから、声を出すのは苦手」と信じ込んでしまう。
これがまさに自己成就予言(self-fulfilling prophecy)の典型です。
自分を「この枠の中の人間」と思い込むことで、行動がその通りに収束していく。

メンタルコーチングの目的は、本来その思い込みのフタを壊すことです。
ところがMBTIのようなタイプ分類を過度に信じると、選手が「変われない理由」を正当化してしまうのです。

スポーツにおける「成長」とは、現状の自分を超えていくことです。
その過程で必要なのは、「タイプの理解」ではなく、「変化への柔軟さ」です。


3. チーム内に生まれる分断のリスク

チームでMBTIを使うと、最初は盛り上がります。
「私、ENTPだよ」「あー、やっぱりね!」
といった会話が生まれるのは、心理的距離を縮めるきっかけにもなります。

しかし、その盛り上がりが終わったあとに残るのは、「タイプごとのグループ意識」です。
「このタイプとは合う」「あのタイプはやりづらい」・・・
そうした無意識の分類が、チーム内の信頼関係を微妙に分断していきます。

スポーツのチームワークにおいて大切なのは、「違いを理解する」ことではなく、「違いを受け入れる」ことです。
MBTIは前者(理解)を促すかもしれませんが、後者(受容)を阻むリスクを持っています。
タイプの違いを説明に使うことで、本来は対話によって築くべき関係性を、理屈で終わらせてしまうのです。


4. コーチ自身のバイアスを強化してしまう

コーチがMBTIを学ぶと、「なるほど、このタイプはこう反応するのか」と理解した気になります。
しかし、それが危険なのです。
コーチが選手を「タイプで見る」ようになると、無意識のうちに指導スタイルを固定化してしまう。

たとえば「この選手は感情タイプだから、厳しく言っても落ち込むだろう」と考えすぎて、
本来必要なフィードバックを避けてしまうこともあります。
これは、コーチ自身の観察力を鈍らせる行為です。

コーチングの本質は、ラベルではなく「いま、目の前のその人の状態」を感じ取ることにあります。
MBTIを基準に相手を見てしまえば、その瞬間の変化や感情の揺れを見逃してしまう。
つまり、MBTIはコーチングの感性を奪う可能性があるのです。


5. 現場で使うなら「危険性を理解した上で」

MBTI自体を完全に否定する必要はありません。
自己理解のきっかけとして、また会話のスタートとして使う分には有効です。
ただし、それは「分類」ではなく「対話」につなげるための道具として扱うべきです。

たとえば、「あなたは内向的だから声が小さいね」ではなく、
「あなたが静かに集中しているとき、何を感じている?」と問いかける。
そのように、タイプではなく体験を掘り下げる使い方をすることが、コーチとしての成熟です。


MBTIは、人を理解するための地図ではありますが、
それを地図通りにしか歩けないと思い込むと、成長の旅が止まります。
スポーツメンタルコーチに求められるのは、タイプを超えて、
「いま目の前にいるその人が、どう生き、どう変わろうとしているか」を見る力です。

MBTIがもたらす「安心感」と「依存」

MBTIがこれほど多くの人に受け入れられている背景には、単なる流行以上の心理的メカニズムがあります。
それは、「自分を理解できた気がする」という安心感です。
そして、その安心感が時に依存へと変わることが、最大の落とし穴になります。


1. 「自分をわかった気になる」心地よさ

MBTIの診断結果を見て、「まさに自分のことだ」と感じた経験のある人は多いでしょう。
それは、占いや血液型診断と同じように、「曖昧だけれど当たっている気がする」記述(バーナム効果)が使われているからです。
人は、漠然とした肯定的な言葉を自分に当てはめる傾向を持っています。

たとえば、「あなたは人との関わりを大切にしながらも、自分の時間を重視します」と言われれば、ほとんどの人が「それは自分だ」と感じる。
この「自分を理解された気になる感覚」が、MBTIの人気を支えている要素の一つです。

しかし、スポーツメンタルの視点から見ると、このわかった気になる状態こそが危険です。
なぜならそれは、「理解」ではなく「同化」だからです。
自己理解とは、自分を固定化することではなく、自分の内側の変化を観察すること。
それを止めてしまうのが、「私はこのタイプだから」という思考なのです。


2. 分類される安心 不安から逃れるための構造

人間の心には、「自分をどう扱えばいいか分からない」という不安があります。
特にアスリートのように高い目標を追う人ほど、心の揺れ幅が大きく、その不安を抱えやすい。
MBTIのようなツールは、その不安に明確な答えを与えてくれるため、一時的な安心感をもたらします。

「自分はENTJだからリーダータイプ」
「INFPだから繊細で感受性が豊か」

このような言葉が、不安を抑える心理的な鎮痛剤の役割を果たすのです。
しかしその安心感は、外から与えられた一時的なもの。
本当の意味での自己理解やメンタルの安定は、変化の中で自己と向き合う経験からしか得られません。


3. 「タイプ依存」が成長を止める

MBTIにハマる人ほど、自分のタイプを繰り返し確認したり、他人のタイプを分析したりします。
それは、自分を知りたいという純粋な願いから始まりますが、いつの間にか「分類への依存」に変わっていきます。

特にスポーツの世界では、「自分の性格タイプに合った戦い方」を求める傾向があります。
たとえば、「自分は感情タイプだから勢いを大切にしよう」「論理タイプだから冷静さを意識しよう」といった思考です。
一見、自己理解を活かした戦略のように見えますが、実際には型に縛られた自己演出になっていることも多い。

アスリートの真の強さとは、「どんな状況にも適応できる柔軟さ」にあります。
しかし、タイプに依存すると、「自分らしさ」を理由に変化を拒むようになる。
これは、成長の放棄にほかなりません。


4. 「安心」を与えるものは時に「限界」も与える

コーチングの現場では、選手が「このままでいいのか」という不安を抱えることがあります。
そのときに「あなたはこのタイプだから」と言われると、安心すると同時に、挑戦する理由を失うことがある。

MBTIは、選手の不安をやわらげる一方で、「挑戦しない言い訳」を与える構造にもなり得るのです。
たとえば、「自分は内向的だから緊張しやすい」と思えば、試合前の不安を当然視してしまう。
その結果、本来なら成長のきっかけになる不快な経験を避けるようになる

メンタルコーチングの目的は、選手が「不安」と共に生きる力を育てることです。
MBTI的な安心は、その不安を消してくれますが、同時に成長の芽も摘んでしまう。
安心は必要ですが、成長に必要な「不安」までも消してしまう安心は、危険な安心なのです。


5. コーチができること 分類から「観察」へ

スポーツメンタルコーチに求められるのは、「タイプ」を語ることではなく、「変化」を観察することです。
アスリートの心は日々揺れ、状況や結果によって簡単に変わります。
だからこそ、コーチは固定的なタイプ分類ではなく、「いまこの瞬間、何を感じ、どこにいるのか」に意識を向ける必要があります。

MBTIを使うなら、その分類の安心を超えた先にある「揺れ動く心の観察」に活かすこと。
つまり、「私はこのタイプだから」ではなく、「いまの自分はどう反応しているか」に焦点を当てるのです。

その姿勢こそが、依存ではなく「自立」を育てるコーチングです。

本当に信頼できる心理モデルとは

MBTIは人を理解するひとつのきっかけにはなりますが、心理学的に見れば「診断ツール」としては非常に脆弱です。
では、心理学の世界で実際に信頼され、研究データに裏づけられた性格理論とは何でしょうか。
それが、ビッグファイブ(Big Five)理論です。


1. 科学的に裏づけられた「ビッグファイブ理論」

ビッグファイブとは、人間の性格を次の5つの要素(因子)で捉えるモデルです。

  • 外向性(Extraversion):社交性や活動性
  • 協調性(Agreeableness):思いやりや他者配慮
  • 誠実性(Conscientiousness):自己管理能力や責任感
  • 神経症傾向(Neuroticism):不安やストレスへの反応の強さ
  • 開放性(Openness):新しい経験への興味や柔軟な発想

この5因子モデルは、文化・年齢・性別を超えて再現性が高く、世界中の心理学者が信頼を寄せる人格理論です。
MBTIのように「タイプ」で切るのではなく、「度合い(連続的スコア)」として測定できるのが特徴です。
つまり、「外向的か内向的か」ではなく、「外向性がどの程度高いか」というグラデーションで人を理解できるのです。

スポーツの世界でも、このモデルは有効に使われています。
たとえば「誠実性の高い選手ほどトレーニングを継続しやすい」
「神経症傾向の高い選手は大会前の不安を強く感じやすい」など、
実際の行動データとの関連が多数確認されています。


2. 「固定的なタイプ」ではなく「動的な傾向」を見る

スポーツメンタルコーチングの現場で重要なのは、「この人がどんなタイプか」ではなく、「どんな時にどう反応するか」です。
MBTIは静的な分類を前提にしていますが、アスリートのメンタルは常に動いています。
試合の前後、勝敗、チーム内の人間関係など、状況によって心理状態は大きく変わる。

そのため、メンタルコーチが観察すべきは「タイプ」ではなく、「状態(ステート)」です。
たとえば、同じ選手でも

  • 練習中は冷静で戦略的(思考的)
  • 試合では感情が先に立つ(感情的)
    といったように、場面によって全く違う側面を見せます。
    この変化のリズムこそが、人間の本質なのです。

MBTIはそのリズムを切り取って固定化してしまう。
一方、コーチングはリズムを観察し、調律するもの。
心理的柔軟性(psychological flexibility)を育むことこそが、スポーツメンタルの真髄です。


3. コーチングで使うべき「科学的な心理理解」

MBTIを使わなくても、選手の性格傾向を理解する方法はあります。
たとえば、以下のような視点です。

  • 認知行動理論(CBT):思考と感情と行動のつながりを見る
  • 自己決定理論(SDT):モチベーションの質(内発的/外発的)を理解する
  • ストレスコーピング理論:ストレスに対する反応と対処を分析する
  • ビッグファイブ:行動傾向を客観的に把握する

これらはいずれも、数十年にわたり世界中で研究・検証されてきた理論です。
スポーツメンタルコーチが本当に使うべきは、「人を型にはめるツール」ではなく、「人の変化を観察する理論」です。


4. 「タイプ診断」よりも「状態観察」

コーチング現場では、選手を理解するために診断ツールを求める人が多いですが、
本当に大切なのは「いま、どんな心の状態にあるか」を観察する力です。

たとえば、ある選手が最近ミスを繰り返しているとします。
その原因を「このタイプだから」と説明してしまえば、成長の余地を奪います。
しかし、「最近、集中が切れる場面が増えたね。何か気持ちの変化があった?」と問えば、対話が生まれる。

ツールで理解するよりも、関わりの中で理解すること。
それが、科学的にもコーチング的にも、最も有効な心理理解です。


5. 「ビッグファイブ」は結論ではなく、入口である

最後に強調しておきたいのは、
ビッグファイブのような科学的モデルも、「答え」ではなく「問いの出発点」だということです。

コーチングにおける心理学の目的は、分類することでも、測ることでもありません。
それは、選手の気づきを支援するための土台です。
つまり、心理学の知識は「相手を決めつけるため」ではなく、「相手に自由を与えるため」に使うべきなのです。


心理学的に信頼できるモデルは、
「人を固定化するため」ではなく、「変化を理解するため」に存在します。
コーチがその意図を誤れば、どんなツールも危険になります。
しかし、正しく理解し、柔軟に使えば、選手の可能性を引き出すための最高のレンズにもなり得ます。

スポーツメンタルコーチとしての正しい活用法

ここまで述べてきたように、MBTIには多くの限界と危険性があります。
しかし、すべてを否定する必要はありません。
スポーツメンタルコーチとして重要なのは、「どう使うか」です。
つまり、ツールそのものではなく、ツールを使う
意図と姿勢が問われるのです。


1. MBTIを「診断」ではなく「対話の入り口」として使う

MBTIを安全に、かつ有効に活かす方法の一つは、
結果を正解として扱うのではなく、対話の入り口として使うことです。

たとえば選手が「自分は内向型だから」と言ったときに、
コーチが「そうなんだ」ではなく、「そう感じるのはどんなとき?」と返す。
この一言で、MBTIは分類ツールから気づきのツールに変わります。

MBTIの結果をもとに自分の内面を語ることは、自己理解を深めるきっかけになります。
大切なのは、タイプを当てはめることではなく、タイプを超えて考えることです。


2. 「タイプ」よりも「状態(ステート)」に注目する

スポーツメンタルコーチングで見るべきは、固定された性格ではなく「いまどんな状態にあるか」です。
同じ選手でも、試合前と試合後、練習と大会、本番とリハーサルでは、まったく異なるメンタル状態にあります。

たとえば「外向型」と言われる選手でも、大事な試合の前には内向的に集中する瞬間がある。
逆に「内向型」とされる選手でも、チームを鼓舞する場面では外向性が自然に引き出される。
つまり、性格ではなく状況によって出てくる状態のバリエーションこそが、本当の人間理解です。

コーチの仕事は、「この人はどんなタイプか」を決めることではなく、
「いま、どんな状態にあるのか」を観察すること。
そして、その状態を望ましい方向へ導くサポートをすることです。


3. 「理解」ではなく「観察」に戻る

多くのコーチは「理解すること」をゴールにしてしまいます。
しかし、コーチングの本質は理解よりも観察です。
理解には常に「解釈」が入り、そこにコーチ自身のバイアスが混ざります。
観察は、目の前の事実に焦点を当てる行為です。

たとえば、
「この選手は内向的だ」と理解してしまうと、
練習で静かなときに「やる気がないのでは」と判断しがちになります。
しかし、観察の姿勢で見れば、
「静かに呼吸を整えている」「動きが丁寧になっている」といった新しい気づきが生まれます。

コーチングにおける「観察」とは、分類ではなく今に寄り添うことです。
MBTIを通じて「自分や他人を理解した気になる」のではなく、
そこからさらに「理解を手放して、観察に戻る」ことが重要です。


4. 「違い」ではなく「変化」にフォーカスする

MBTIは「人の違い」を説明するツールですが、
スポーツメンタルコーチングは「人の変化」を支援する営みです。

「タイプが違う」ことに注目するのではなく、
「この人がどう変わっていくか」に焦点を当てる。

たとえば、チームの中で衝突が起きたとき、
「タイプが合わないから仕方ない」と終わらせるのではなく、
「なぜ今、その関係が変化しているのか」を見る。

人は常に変化しています。
その変化を恐れず、観察し、意味づけし、サポートすることがコーチの使命です。


5. コーチ自身が「分類の外側」に立つこと

MBTIの危険性を理解した上で、最後に最も重要なことがあります。
それは、コーチ自身が分類の外側に立つことです。

コーチが「私はENFJだからこういう関わり方しかできない」と思い込んだ時点で、
選手への関わりは制限されます。
コーチが「自分」という枠を超えたとき、相手にも柔軟な変化が起きます。

スポーツメンタルコーチは、型を壊す専門家であるべきです。
そのためには、まず自分が型にとらわれない在り方を体現する必要があります。
コーチ自身の「状態変化」が、選手の「成長変化」を引き出すのです。


6. ツールではなく「人間」に立ち戻る

MBTIを含め、どんな心理ツールも、使う目的を誤れば人を縛ります。
けれど、正しく扱えば、人を自由にします。
最終的に大切なのは、ツールではなく「人間そのもの」です。

アスリートがタイプに縛られることなく、
その瞬間の感情、思考、身体感覚をありのままに感じ、
自分の中に眠る力を引き出せるようになる・・・
それこそが、スポーツメンタルコーチングの本来の役割です。


MBTIは、「人を理解する」ための地図ではなく、
「人の成長を見守る」ための対話の入り口にすぎません。
コーチングの本質は、タイプを超えて“その人の可能性を信じること”です。
分類ではなく、変化を。
診断ではなく、観察を。
そして、理解ではなく、関係性を。

そこに、スポーツメンタルコーチとしての真の価値が宿ります。

禅の視点から見る「分類」への執着

私たちは、知らず知らずのうちに「分けることで安心したい」という欲求を持っています。
MBTIのように人をタイプで分類する行為は、その最たる例です。
「自分はどのタイプか」「あの人はどんなタイプか」を知ることで、
人は不確かな世界に秩序を見出そうとします。

しかし、禅の世界では、それを「分別(ふんべつ)」と呼びます。
分別とは、ものごとを分けて理解しようとする心の働き。
そして禅は、その分別心こそが真実から遠ざかる原因だと説いています。


1. 「空」の教え 本来、人は固定されない

仏教では「空(くう)」という概念があります。
それは、「すべてのものは固定した実体をもたない」という真理です。
人もまた、固定的な性格やタイプを持って生きているわけではありません。
状況、経験、心の状態によって、刻一刻と変わり続けている存在です。

つまり、「あなたはこのタイプだ」と言うことは、
空なる存在である人を形ある枠に閉じ込める行為でもあります。
禅的に見れば、それは真実を見ようとする姿勢ではなく、
「安心のために理解したい」という自己中心的な欲の現れなのです。


2. 「分けない心」がもたらす洞察

禅僧・道元は『正法眼蔵』の中で、「万法一如(ばんぽういちにょ)」という言葉を残しました。
すべての現象は、もともと一体であり、分け隔てのないものだという意味です。
コーチングにもこの考え方は深く通じます。

選手とコーチ、外向型と内向型、強い心と弱い心・・・
それらは本来、分けられるものではなく、ただいま起きている現象にすぎません。
「分けないまま、観る」こと。
そこにこそ、相手の本質を感じ取る洞察が生まれます。


3. 「わからない」ことを怖れない勇気

MBTIが人気なのは、「わからない自分」を怖れる人が多いからです。
しかし、禅では「わからない」という状態こそ、最も豊かな出発点だと考えます。
なぜなら、わからないからこそ、観る力が育つからです。

コーチングにおいても同じです。
相手を理解した気になる瞬間、観察は止まります。
けれど、「わからないまま寄り添う」姿勢を持つコーチは、
相手の変化を繊細に感じ取り、真のサポートができる。

禅の言葉で「不立文字(ふりゅうもんじ)」という教えがあります。
言葉や分類に頼らず、直接心と心で感じ合うという意味です。
これはまさに、コーチングの理想の関わりそのものです。


4. コーチングとは、「空」を観る行為である

アスリートの心は、常に動き、揺れ、変化します。
その変化を「この人はこういうタイプだ」と固定してしまえば、成長の芽は摘まれてしまう。
禅の「空」の視点を持てば、変化すること自体が自然であり、
その変化の中にこそ「生きた心」があることに気づけます。

コーチングとは、「型を当てはめる」ことではなく、
「型の外にある真実を見抜く」こと。
タイプを超えた生きた心を感じ取る力。
それが、禅的なコーチングの在り方です。


5. 分類を手放すと、関係が深まる

「この人は○○タイプだから」・・・
そう考えると、安心します。
でも同時に、その人の未知の可能性を見る目を閉ざしてしまう。

反対に、分類を手放した瞬間、
相手を「わからない存在」として真正面から見られるようになる。
その瞬間、関係は深まります。
なぜなら、人は「理解される」よりも、「見つめられる」ことを求めているからです。


禅は教えます。
「人を理解しようとするな。ただ観よ。」と。

MBTIのような分類ツールが与えてくれるのは安心ですが、
禅の視点が与えてくれるのは自由です。
スポーツメンタルコーチとして大切なのは、
タイプを見抜く力ではなく、変化の中にある命の動きを感じ取る感性。

その瞬間に立ち会うことこそ、
心を扱う仕事の、最も深い喜びなのです。

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